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昭和の大横綱「北の湖」(理事長)逝く [生きるもの]

2015年11月21日 

11月20日午後6時55分 昭和の大横綱「北の湖」、現日本相撲協会北の湖理事長死去。 この日は金曜日、午前中救急搬送されたというニュースが出ていた。 62歳。 急逝。

「憎らしいほど強い横綱」とたたえられた北の湖横綱は歴代1位となる横綱在位63場所の記録を持ち、ライバルの横綱、輪島関と「輪湖時代」と呼ばれた。通算勝利は951勝。

強い横綱だった北の湖関は、勝つための自己管理術として「もう一歩、前へ出れば勝てる」北の湖敏満として本を出版している。

死去のニュースがでて、最初にLalaが思い出したのはこの本のことだった。 会社を出て、丸の内の丸善書店で図書を4冊購入(家に帰って調べたら、4か月前に同じ本を買っていたが装丁が新版になっていたので 気が付かなかった。でもそれほど気になっているテーマ)してから、帰宅。 今朝一番に自分の本棚チェックしたところ、この北の湖の「もう一歩、前へ出れば勝てる」が本棚の見える位置にあった。 Lalaは所有している本が多いので、後でまた読むだろうと思われる本を前列に、そして後列にもぎっちり本が詰まっている。

ごま書房 昭和60年4月20日 初版第1版発行 定価730円 3回は読み直した本。

●勝つためには、とにかく前に一歩でも出るーーーまえがきにかえて

というページから始まるこの本は、横綱という重責をになった11年間を振り返って、北の湖が経験から得た教訓を、読者に参考にしてもらえばという気持ちから本にまとめたもの。

目次:

1.自分を奮い立たせる [一歩前に踏み込めば勝負の流れをつかめる]

2.重圧感に耐える [勝つだけが、唯一のリラックス法だ]

3.円熟をめざす [心技体を充実させて、勝負にのぞむ]

4.修業を辛抱する [手抜きを覚えると、クセになる]

5.逆境をはねのける [勝負の世界では、頼れるものは自分しかない]

最後の章は昭和56年に膝を故障して(相撲取りにとって膝の故障は致命傷)、その膝の故障を必死で直そうと努力し、昭和59年5月場所で全勝優勝。

北の湖という大横綱の努力と決意と責任について書いたもの。

本のカバーも見返しにエッセンスが書いてある。 (勝つために、どう自分を奮い起こすか)

★勝負のまえ、仕事部屋でなぜか弱気になるときがあった。 そんなときは、「90パーセント相手より自分が強い」と自己暗示をかけた。100%と思うとうぬぼれるから・・・・・。

★立会いでぐっと踏み込めば、勝負の流れは自ずとこちらの側にやってくるものだ。だから制限時間いっぱいになると、私はヨシッ!と声を出して気合いを入れた。

★土俵に転がったときは、みじめというか、恥ずかしいというか・・・・私はたとえ自分が勝ったとしても、土俵に転がっている相手に手をかして起こしてやる気にはなれなかった。

★横綱になって、勝ってうれしいと思ったことはなかった。一つ勝ってホッとする。また一つ勝ってホッとする。ああ、これで横綱の責任を果たしたと、そんな11年間だった。

サラリーマンにとっても、とても勉強になる本。

合掌。


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昭和と自分の子供時代を振り返るそしてシンクロニシティ [生きるもの]

2015年10月25日  何か結構すっきりした数字。 0と1と2と5でできている。 8ケタを4ケタづつでみると8と8でぞろ目。昔勤めていた外資系企業で昼の時間にトランプ遊びが流行った時期があり、そのことを想いだした。

10月何かと忙しかった。 週末の休日は2週間続けてやるべきことでふさがった。 昨日はグループ会社全体の運動会。 出場種目にエントリーしたけれど、応募者多数で外れ。 その間会社のチームの出場種目には応援、それ以外は本を読んだ。

「昭和天皇 七つの謎」 加藤康男著。 WAC刊。 金曜日の大手町の本屋でたまたま見つけて購入。 運動会の合間に完読。 七つの謎としているが、Lalaにとって重要な謎は3つ。 他の4については既知でかなりの本を所有している。

1. 昭和16(1941)年9月6日の御前会議で明治天皇御製の和歌「よもの海」でご自分の「ある決意」を示唆したとされる、その「よもの海」のある言葉が替え歌であったということ。

2. 戦中から終戦にいたる間に昭和天皇の側近たちの再評価とそれぞれの責任のとりかた。

3. 宗教戦争だった

興味ある方は本を購入していただきたいが、 戦後70周年のこの時に読んでよかった。

中国の習近平国家主席の英国訪問があったが(全然関係ないが、習主席の弟さんは遠平さんという名前)、その前日にNHKが徳川家康が大阪の豊臣家を倒した大阪夏の陣、冬の陣など歴史物の番組を流した。 NHKは戦国時代が好きらしく、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の話は連綿と手をかえ品を変え番組を作って流しているのでこの日の番組をそうかと思って軽い気持ちでみていると、これがよかった。

大阪城の当時の大きさの説明から、当時の鉄砲、大砲などの弾道ではとても大阪城の天守閣は攻撃できないということだったが、当時の英国がスペインの無敵艦隊を破ったとき、船に積み込んだ武器を徳川家康が大阪城攻撃に使ったというもの。 火薬の玉ではなく、鉄球を500メートルまで飛ばすことができる砲。 無敵艦隊の船団にこの鉄玉を浴びせて、船を木端微塵に砕いて殲滅。 

当時キリシタン系の大名と武士が大阪方についてたてこもる戦いになることを恐れた徳川家康、大阪城の天守閣にこの鉄球が撃ち込まれ、木材、壁材などが鋭利な片々で人間を殺傷。 誰も安全だとおもっていた大阪城天守を攻撃されて大阪方(淀殿)が戦意喪失。

当時ヨーロッパではローマ・カソリック(スペイン、ポルトガル)とプロテスタント(イギリス、オランダ)の宗教戦争がくりひろげていた時代。 日本の戦国時代に先に到達したポルトガルとスペイン、後に遅れてきた英国とオランダ。 ヨーロッパでの宗教戦争をこの日本で繰り広げようとした。 英国は表向きは商売に徹し、実利を重視する家康が国内の戦で短期決戦で臨める武器ということで英国からその砲を言い値で購入。 その後10年で、徳川家康、家忠が長崎出島(オランダ)のみで英国は駆逐された理由もその番組の最後に判明。

当時の手紙から、英国が日本で人身売買を行い日本の男女を海外に売り飛ばしたこと、大阪方の浪人を傭兵として海外に輸出したこと、そして日本近海で英国のお家芸である海賊行為を働いたこと不届きとして駆逐して、日本を鎖国したこと。

そして10月25日日本経済新聞。 タイムリーな本の紹介があった。 「China 2049(原題 The Hundred-Year Marathon」 マイケル・ビルズベリー著 (覇権狙う中国100年戦略に迫る)

そして日本経済新聞の記事 「こころの健康学」

「先延ばしの誘惑」 将来の自分 過信は禁物  (認知行動療法研修開発センター 大野裕氏)

要約すると、「子供の頃、夏休みの宿題をぎりぎりまで先延ばしして、8月末にまとめて徹夜であわてた経験がある人もいるだろうが(Lalaもよく8月末に駆け込みで宿題を片付けたことがあった。)・・・これらは、将来の自分を信頼しすぎた結果、起きることだ・・・将来の自分もいまの自分と変わりない。むしろ先になるほど問題が大きくなり、時間がなくなっているだけに、本来の力を発揮することのできなくなることの方が多い。」 この大野氏は、いまだに時間があったはずなのに試験勉強をしないでいて慌てている夢をみることがあると自戒しているのである。

宿題といえば、高校生の時、夏休みにジョージ・オーウェルの「Animal Farm」を原書で読むという英語の宿題があった。 何かレポートを書くというのではなく、夏休み明けすぐに英語の試験をするがその内容は「Animal Farm」から出すというもの。 これは今でも忘れられない宿題。 必死だった。 90点近くとれた試験でLalaが本格的に英語をものにしようとおもったころ。 この「Animal Farm」の内容は今時代の覇者に上ろうとしている国の記事をみると脳裏にあがってくる本。


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「山崎豊子展」にみる昭和の時代 [生きるもの]

2015年10月3日 今日はラグビーWCで日本代表とサモア代表の試合が日本時間で夜中にある日。

またアイス・スケートの浅田真央選手の復活の日。 3地域(日本、北米、欧州/ロシア)大会で2年ぶりに日本代表が優勝したことはすでにWEBでは報告されているが、これからTV観戦。 浅田真央選手もトリプル・アクセル成功で、復帰成功で、女子6選手のなかで最高点をだしたとのこと。

本日はお昼に日本橋高島屋に久しぶりで出かけた。 作家の山崎豊子氏が89歳で2013年9月29日に死去されてから三回忌を迎えて高島屋で追悼の「山崎豊子展(-不屈の取材、情熱の作家人生ー)」が開かれていたから。

山崎豊子氏の小説にふれたのは中学生の頃、母が当時購入していた「婦人公論」に連載小説があったから。 確か内容は中欧の男性と恋愛関係になる日本女性の話だったとおもうが、小説の内容に一部盗作というか小説の題材を探すために集めた資料の一部がそのまま記載されていたという経緯で、この小説は完成したのだが、山崎豊子氏の作品からは除外されているようだ。 だがその小説の恋愛の描写の印象は残っている。 勿論月刊誌の連載でその不幸な経緯から本として発行されることもなく、Lalaも1度きりしか、しかも多分部分的にしか読んでいないとおもう。

その後、山崎豊子氏の作品で読んだのは「華麗なる一族」「大地の子」など。 あと「二つの祖国」など大作は購入したが積読のところに入ってしまった。 「沈まぬ太陽」は当時掲載していた週刊誌を途中で購入をやめたことから中途半端になってしまった。 「不毛地帯」は戦後、伊藤忠のトップに上り詰めた瀬島龍三氏をモデルに書いたといわれ、瀬島氏の評価が2分されていたので正直手に取る気にはなれなかった。 しかしやはり「不毛地帯」には、瀬島氏に対してLalaも感じたように、山崎豊子氏のインタビューで瀬島氏が自分から語らなかったというよりは語れない疾しい負の部分は、別のシベリアで苦労された軍人の方々にインタビューを重ね、山崎豊子氏の理想としてのこうあって欲しい軍人の描きかたをしているのがわかったのでこれはこれから本を購入する。

山崎豊子氏の作品は骨太で緻密な取材から生まれたことは有名だが、山崎豊子氏の生家が大阪の有名な昆布商店の小倉屋山本だとは正直最近まで知らなかった。

「山崎豊子展」に興味をもったのは、2015年の夏の終わりに、山崎豊子氏の生前の若い時代(第2次世界大戦中)の日記の一部が最近発見されたとのことが日本経済新聞に記事として記載されているのを読んでから。 その内容の激烈で簡潔な文章に衝撃を受けた。 そして瞬時に思い出したのは中学生の頃に読んだ山崎豊子氏の中欧での恋愛小説の内容だった。 

船場のいとはんということがそこの下敷きにあったのだが、船場の小倉屋山本のお嬢さんだったとは。 「山崎豊子展」の内容はその作品を読んで心を動かされたことのある人は是非足を運ぶことをお勧めする。 日本橋高島屋では10月5日(日)まで。

「ぼんち」は市川雷蔵の主演で映画化されているが、HMVのセールで最近DVDを購入。

昭和生まれの人は自分が歩んできた昭和をもう一度振り返る良い機会。 

第2次世界大戦から戦後70年、Lalaは5月に広島に初めて旅行にいって原爆記念公園も訪れた。 日本にとって、昭和生まれの日本人にとって昭和とは、もう一度咀嚼する時。


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羽生結弦選手の精神力 [生きるもの]

2015年3月27日 会社で少し残業をこなし、夕食の買い物を済ませて家路につくと午後8時半頃。 サッカー日本代表のハリルホジッチ監督率いる対チュニジア戦の観戦は後半から。

確かアイス・スケートの上海世界選手権の男子ショートも同じ日でほぼ同時間帯。 まだグループ3あたりだったから対チュニジア戦にもどる。 

後半開始も前半の先発メンバーはかわらず。 海外組でザック・ジャパンやアギーレ・ジャパンの常連組はベンチ・スタート。 ハリルホジッチ監督はなるべく多くの選手を試そうとしている。 競争原理を持ち込んだことで(これは今までなかったことのほうが異常事態)、後半、しかも途中出場となった岡崎選手、本田選手そして香川選手にも競争という意識を覚醒させたようだ。 特に香川選手がトップ下で起用され、本田選手が2列目のサイドにまわったことがよかった。 本来の持ち味、才能から香川選手のトップ下は現在の選手層のなかでは最適化されている。 ザック・ジャパン、アギーレ・ジャパンの本田選手の前目の定位置のおかげで、香川選手はその持ち味が殺されていた。 フィジカル自慢らしい本田選手のほうが守備も求められるサイドは適任。 左サイドでボールに食らいつく姿勢と体勢を崩しながら、前線のゴール前にいた岡崎選手のクロスをあげたのはやはり本田選手らしい。 以前にはこの食らいつきと献身的なプレイを見せていなかったのでハリルホジッチ監督がチームにしいいた競争原理の賜物。

岡崎選手のワントップ、香川選手のトップ下、本田選手の2列目サイドはこの試合でワークしていて、結果を出した。 よかった。 全体に縦への意識がでたプレイで、2週間でここまでできるということを示したハリル・ジャパンだった。

この試合の途中、何回かアイス・スケートにチャンネルを合わせ、男子ショート・プログラムの最終滑走グループの演技を拝見。 このグループの1番滑走は無良選手だったが、正直昨年のよい滑りとは裏腹にメタメタだった。 2014年のパフォーマンスでこの最終グループに入っているにも関わらず、得意のジャンプが決まらず。 第3グループにいた小塚選手もジャンプが決まらずこちらも下位に停滞。

最終グループではスペインのハビエル・フェルナンデス選手がほぼノー・ミスの完璧に近い演技でトップに。92.74点。 フェルナンデス選手はこの得点には少し納得がいかないようで良い点だがもっと出るとおもっていたという。 もう一人の優勝候補、デニス・テン選手は85.89点。 ジャンプに失敗があったが演技構成点などが高い評価ということでこの得点。

羽生結弦選手の登場。 以前から華奢であったが、背が伸びたのか一層ほっそり見えた。 フェルナンデス選手のノー・ミス演技を考えると、これを超えるにはジャンプは失敗できない。 2014年11月からの一連のアクシデントと手術、その後の右足首の捻挫と2014年春の3冠(ソチ・オリンピック、グランプリ・ファイナル、世界選手権)に輝いた後にやってきたスポーツ選手としての試練。

一般的に考えられる、衝突からの恐怖心、捻挫による足への負担への懸念、メスがはいった手術後の体調。 

滑りだしは落ち着いていた。体の上下が音楽に合わさっておりスケート靴を履いているという感じもさせず。最初の4回転トーループはまわり切った後に両手をついて体勢がくずれるが、それでもミスを最小に抑えて次の演技に進む。 得意のトリプル・アクセルは優雅な舞、 苦手といわれた3回転―3回転を難なくこなすと、スピン、ステップは他の選手と段違いの切れ味。 

得点は95.20点は今季自己最高。 挨拶の後に上げた顔はオリンピック大会の時の若者から戦う強い視線を放つ羽生選手だった。 コーチ等も認める精神力の強さを発揮した。


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スポーツ選手の引退が告げる時代のかわり [生きるもの]

2014年12月6日 昨夜は母校の上智大学のソフィア会が主催したクリスマスイベントに久しぶりに出席。 

午後5時頃からミサなどカトリックのクリスマス行事があったが、会社帰りなので 午後7時から始まった軽食パーティとバザーから。 過去に数度軽食パーティに参加したが、今回が一番慎ましく地味だった。 4枚つづりの食券を購入し、小さなパック詰めの料理を味わう。 海苔巻寿司やカナッペ、焼きそば、飲茶、鳥からとポテト。 飲茶などは料理の温度もある程度保たれ軽食としては及第点。 バザーでは手作り品を中心に、寄付金を募るもの。 手作りの小物を数点購入。

その後、やはり夕食としては物足りないので、四ツ谷駅の反対側に行く。 何となく賑わっている雰囲気の新道通りを入って、少し坂道となっている通りをあるく。 多くの居酒屋やレストランなどが競って賑わっている。 店の入り口で炭火で焼きものを料理しているおじさんの真摯な態度に惹かれて、源や四ツ谷に入る。 生ガキや活け鯵の御造り、串ものなどで満足しました。 また行きたいお店でした。

11月後半はアイス・スケートが始まり、ロシア杯、中国杯、そしてNHK杯とTV観戦。 なんといっても羽生結弦選手の中国杯でのアクシデント。 男子の競技はスピードをつけたジャンプが主流なので、激突だった。 NHK杯ですべる羽生結弦選手の背中には迷いというか恐怖心というかみえていた。 オーサー・コーチが競技後に、インタビューで、落馬したら速やかにもう一度乗馬に挑戦しなければ恐怖心は克服できないといっていたが、それは名言だとおもう。 リンク上での恐怖心を克服するにはリンク上でしかなしえない。 そのため、時間を開かずにNHK杯に挑戦させたのだと思う。

12月に入って、相次いで日本代表にもなった有名なサッカー選手が選手生活の引退を告げた。 DFの中田選手とFWの柳沢選手。 柳沢選手は中村俊輔選手の日本代表時代の相棒といってよい選手。 中田浩二選手も海外経験もあり実力があった。 両選手とも37歳と35歳という、サッカー選手での引退が多い年代にさしかかっていた。

アイス・スケートでも2014年は多くの高橋大輔選手、織田信也選手、鈴木明子選手などが競技生活に別れを告げた。 20歳代後半が多いが、アイス・スケート選手はその体力と技量の継続で10年ぐらいはプロ・アイス・スケートの生活がまっている。

サラリーマンは以前は定年は55歳、60歳、そして昨今は65歳が主流になっている。 65歳からは高齢者の範疇にはいるが、人手不足が顕著になった日本では70歳、もしくはそれ以上働くということがかなり雑誌でも取り上げられている。 役職は会社によっては50歳代で、60歳ではほぼ確実に取り上げられるが、定年前までの同じ仕事を続けられる人はかなり限られているようだ。

サラリーマンと異なるスポーツ選手は特殊な分野で定年に近い競技生活の終わりを迎えるのだが、サッカー選手の場合、指導者か解説者の道か。それになれるのはサッカー選手でも一握り。 30代後半といえば、サラリーマンといえば若手から中堅にそして出世階段を駆け上る一番充実した年代。 指導者になるには指導者としてのトレーニングが必要だし、解説者はそれなりの話術も必要。 30代後半にもう一度人生の選択が必要になるサッカー選手。

2014年はまた一時代(20年サイクル)の終わりを象徴する年かもしれない。 


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2014年秋はイベントが盛りだくさんだった [生きるもの]

秋も深まる11月8日  ブログの更新もかなり疎かになってしまい、Lalaのブログを愛読していただく皆様に陳謝。

サラリーマンの勤務ライフは月次、四半期、半期とメリハリがつくものだが、10月は9月末の月次、四半期、半期と揃い踏み。Lalaの従事している業務はそこまでキチキチに対応していることは求められていないが、所属部署の緊張感が伝播してしまう。

夏にあった年1度の健康診断で、精密検査要で週末が何回かつぶれた。 土日にもオープンのクリニックを紹介していただき精密検査結果は良好。 5年毎の自動車免許の更新。 またもう年中行事となっているIT系の試験受験など。 9月から10月、そして11月の初旬と大げさに言えば、週単位でこなしていくのだけで余裕なし。 11月初旬も会社にとって大事な時期だったがそれも無事切り抜けた。

趣味に費やす時間もほとんどなく、大好きなスポーツTV観戦もタイミングよく見えたときだけ。 よく番組を録画して見る方がいるようだが、録画して見る時間がないので本当にチャンネル、クルクルで観れたときだけ見る。

アギーレ・ジャパンの対ブラジルの親善試合も少し見れたが、正直無策なアギーレ・ジャパンだった。 ブラジル代表がかなりスター選手も召集して、ネイマール選手の成長を見せつけるためのお膳立てとなった試合だった。 まあ、日本の東京近郊のスタジアムで開催されたのなら、多分スタジアムで観戦してもよかったとはおもうが。 

最近、アギーレ・ジャパンに召集されたメンバーの顔触れをみると、サッカー強化を目指していた日本だとおもうがあまり選手層は厚くなく、選手のレベルも向上していないのか。 ザック・ジャパンが長らくJリーグの選手を無視して海外移籍選手を優先してメンバー固定化のつけなのかもしれないが。

日本代表が選手を試合前に招集して2,3日の調整で試合に入るようだが、これだけレベルや経験値が異なる、また所属クラブが異なり戦術やよく少し前までいわれていた、4-4-2、3-4-3などの構成も話題にならず、はたしてチームとしてワークするほど、召集される選手は”プロ選手”なのか甚だこころもとない。

このように落ち着く暇のなかった時期だったので夕食に2回ほど外食。 

1回目は中央区の御鮨屋さんに。 日本橋の馴染みの昔ながらの御鮨屋さんに最初出かけたが、店主の腰痛でしばらく休業という札がかかっていた。 店主と板前さんそして、あとは家族でという構成で今時御鮨屋さんをやっていくのは大変なこと。

御鮨を食べたいと決めてしまっていたので、もう1軒水天宮よりの御鮨屋さんを訪れる。 そこは店舗の構えの見かけよりは若い衆を数名おく本格的御鮨屋さん。 店の引き戸を開けた瞬間、目に入ったのは外国人のお客さん。 一瞬ハリウッドの女優かと見まごうばかりの美貌の30代後半と思しき女性客が小学生ぐらいと思われる二人のお子様連れで日本の御鮨を楽しもうというところ。 お子さんは少し浅黒く栄養満点。 メニューをみて、大トロ、アワビなどを注文していた。 何とはなしに聞こえてくる会話からタイからの観光客でかなりお金持ちそう。 最後は店主の大旦那と記念撮影していた。

2回目は墨田区にある鰻屋さんに。 あまりお高く留まっていなく、良心的なお店なので、最近は思い立つときに出かける。 さて、車でその店を目指していたら、前に白いベンツのオープン・トップが走っていた。 車の性能を誇示したいらしく、少しでも速く走ろうとするのが見え見えの運転。 秋も深まっているし、夜だったのでオープン・トップは少し寒いだろうにとおもいつつ、どうも目指す方向は同じのよう。 

いつもの左折する細い道にもその白いベンツは入っていく。 左折後しばらくして、道の片寄せでベンツは停止のウィンカー。 ベンツを追い越し、いつもの駐車場に車をとめると、鰻屋さんに向かった。

相客は2組。 カウンターに男性客とお座敷の小上がりに二人の男性客。 結構いかつい体格の男性客で、ベンツに乗っていた二人。 この体格なら秋の夜のオープン・トップでも寒くないかも。

いつもの鰻重と肝焼きで大満足。 常連客と思しき小上がりの二人の客は最上の鰻重と肝焼き。 酒はビールはなし。 そくそくと食事して鰻屋を後にしていた。


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夏の名残の鴨川シーパラダイスと市原ぞうの国 [生きるもの]

2014年9月15日 前日人間ドックの再検査はほぼ1日がかり。 初めての体験なので緊張していたせいか、この3連休に感謝。 

なでしこジャパンのアジア大会直前の(対ガーナ代表)とU21サッカー日本男子の初戦(対クウエート代表)はTV観戦。

なでしこジャパンの初戦は前半と後半は全く別の試合だったが、それなりに成果があった。 前半は宮間選手や阪口選手のうまさが目立った試合。 若手のFWも高瀬選手も大活躍で開始早々15秒で得点。 宮間選手の相手の隙を見逃さない、ロング・ボールが前線に出て、走りついた高瀬選手がゴール。 これを皮切りに5対0. 後半はガラリとメンバー交代で別のチームのようで、なでしこジャパンの戦い方になれた相手チームが体勢を立て直して特にゴール前の守備が手堅く、なでしこジャパンは攻撃の最後がもたつきやパス・ミスが目立った。 中島選手は頑張っていたが、やはりPA内でのプレイに惜しいシーンが多かった。  なでしこジャパンも相手が強豪国だとなかなか得点できない試合が多いので、この後半の試合は反省材料を得たということ。

男子のU21代表は、このアジア大会にむけて訓練を重ねただけあって、チームとしてかなりまとまっていた。 正直選手達はLalaには新顔ばかりだったが、年代的に先のブラジルのWCで活躍したコロンビアのロドリゲス選手やブラジルのネイマール選手などとほぼ同じ世代。 FWの鈴木武蔵選手の2得点。 キャプテンで7番をつけた大島選手はかなり巧い。 守備陣もかなり得点意欲を出して前線にかけあがってくる選手もあり、このチームのこれからの試合が楽しみ。

さて、この記事のタイトルの鴨川シーパラダイスと市原ぞうの国について。 先週房総半島の温泉にとても短いドライブ旅行をした。 鴨川シーパラダイスはたしか1年半前に向かったのだが改修工事中で休園中だった。 市原ぞうの国も過去に何回もそばを通りながら素通りした経緯がある。

1泊2日とはいえ、金曜日は午前中は会社で勤務したから、最初から近場でそれでいて今までに行っていない場所ということで鴨川シーパラダイスと市原ぞうの国に決めていた。 温泉自体は数度訪れている場所だが。

鴨川シーパラダイスではイルカ、シャチ、ベルーガ(白イルカ)のショーには新鮮な驚きと生き物のエネルギーを堪能した。 とくにシャチのダイナミックな動きと飼育員さんと1対1の関係で絆を深めつつ芸を仕込んでいく姿が垣間見え、シャチの立派な体躯、躍動感、豪快にあがる水しぶき、気持ちがはればれ。 

ベルーガ(白イルカ)のショーは屋外ではなく海水の温度を低く設定してあるプールの断面が強化ガラスになっておりそちらから拝見ということだが、ベルーガの賢さ、人間の声に反応してやまびこのような鳴きまね、驚きの身体能力。 これらのショーの見物客はほとんど子供(それも幼児)連れの家族だったが、これは大人にも十分楽しめるショーだった。 

ショーや水族館を楽しんで屋外にでると、鴨川の外房の海がすぐ前面に広がっている。 そしてそこには大きなカメが小さなプールに何匹も飼われているが、カメ達はぐるぐる小さなプールを泳ぎ回ると、海岸に面した(温泉の海に面した露天風呂がすぐ海岸線近くに作られているような場面を想像してください)縁にまわってくると、どのカメも身を乗り出さんばかりに前の手をかけてもがき、その縁を超えて海に出ようと試みる。 何度もぐるぐる回り、何度も縁を超えようともがくカメ。

その日は夏の名残の日差しも結構強く、塩の匂いも充満していた鴨川シーワールド。 

昼食後に市原のぞうの国に。 道の駅などで道草をくい、地元の野菜などを購入。 朝は勝浦の朝市でマグロ、イワシ、サザエ、そして新米などを購入。 

市原のぞうの国には午後3時ちょっと前に到着。 ぞうのショーをやっている広場に行くと、ぞうのショーはほぼ終わっており、ぞうさんのおやつタイムだった。 観客席に座ってそのままかなりながい時間おやつを食べるぞうさん達をみる。 家人はぞうのおやつカゴを何回か購入してあげていたようだが。 そのままぞう達の家族連れのぞうに乗るところや,鼻にぶらさがって写真をとる場面を観客席から観察。 ぞうの国も幼児や子供連れの家族がいっぱい。 

家族連れをのせて働くぞうさんは8頭ほど。 手前の柵ぎりぎりに1頭残りひたすらおやつをねだっているぞうがいた。 ほかのぞう達に比べると体も少し小型で皺も多く、あまり器量がよくないぞうだとおもっていたら、このぞうのみアフリカゾウで、お客さんを乗せて働くぞう達は皆インドゾウだった。

ぞうのショーをする広場の一番奥まったところにまだ子供のぞうとおもわれるのが1頭。 そのそばを離れない大人のぞうが1頭いた。 全部で10頭以上はその広場にいたのだが。 子供のぞうの両耳には青に白の水玉のリボンをつけている。 これが今TVなどでも紹介されている有名に「ゆめ花」ちゃんだった。 「ゆめ花」ちゃんはお絵かきやお習字を披露することができるぞう。 そのお絵かきの能力はお父さんぞうの「テリー」からもたらされているらしい。 お母さんぞうは「プーリー」といって、2頭目の「りり香」ちゃんを2013年9月に出産、しかも、最近神戸市立王子動物園から出産のため預けられた「ズゼ」が2014年6月にここ市原ぞうの国で出産したオスの小象「結希」に授乳をして「プーリー」は2頭を育てているという立派なメスのぞう。

「ゆめ花」ちゃんは最後お写真セッションで毎回シャッター・チャンスにはポーズをとる。 何か自分がとっても可愛いということ、人間から注目されていることを十分意識していそう。

これらのパフォーマンスが終わると、ぞう達の上にはゾウ使いが乗る。 そして隊列をつくって市原ぞうの国の小高い山の頂上のぞうの家とそれぞれの囲いがあるところを目指してぞう達は進む。 なんとその先頭を行くのは「ゆめ花」ちゃんなのだ。 ぞうの群れは一番立派なメスのぞうがリーダーになるらしいが、この市原のぞうの国のリーダーは「ゆめ花」ちゃんのお母さんの「プーリー」のようだ。 「プーリー」が子育てに忙しいので、その長女の「ゆめ花」がリーダー代理らしい。 ゾウの隊列がすすむ後を観客達がついて歩く。 「ゆめ花」ちゃんは山の頂上の住処に着くまでに3回(小高い山なのでところどころ折り返す位置)、大きな鳴き声(パオーン)を上げた。 途中にある鳥舎のオウムやインコがその鳴き声に呼応して鳴きまねをする。

山の頂上のゾウの小屋には「プーリー」と小象が2頭。 一番奥の屋外の囲いにキバをもつお父さん象の「テリー」がいた。 房総にはこのぞうの国以外にも、老齢になった象の養老園を兼ねた施設があるらしい。 絶滅の危機に瀕しているアジア・ゾウの繁殖施設でもあるらしいが(これはパンフレットのうけうり)。

長年サラリー・マンを続け、周りの親戚の子供たちも大きくなり、自身動物園に行くということは思いもしなかったが、久しぶりに生の動物たちに接することができて、色々考えさせられた。 イルカやシャチ、ベルーガ、カメ、ゾウ、そして他の動物たち、みんな生き物。 精一杯生きている。


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最近挑戦していた基本情報技術者試験に”合格”した!!! [生きるもの]

Lalaの勤務する会社では昨年の夏から社員の多くをIT系の資格試験に挑戦して合格するよう奨励している。 会社負担でWEB講習と教科書を配布したのが去年の夏。 そのコースは今年4月の受験で、Lalaはギリギリだったが無事合格。 

Lalaはサラリーマン暦何十年なので、正直一度の受験でこのようなIT資格に合格するのは難しいと思い、自主的に昨年の10月にも受験していた。 その時には合格点に至らず。 今年3月初めより、毎日会社で勤務を終えてから、1時間会社の会議室で居残り受験勉強を続けた。 是非4月の試験では合格したいとおもったから。

会社指示のコースで一定の条件(試験などと講習時間数など)をクリアすると、「基本情報技術者」試験の午前試験免除になる。 午後だけとはいえ、2時間30分、13問の長文読解試験で、必須2問、選択基礎6問中4問、IT言語系5問中1問選択という難易度。 とくにこの「基本情報技術者」は若者のIT分野のエントリー試験でもあることから、やたら長文。 この長文というのがある程度年齢のいった人間には苦痛。 受験者のほとんどが大学生。

読みながらなんとなく適当に答えてしまいたくなる欲求を抑えながら、ひたすら解答にいたるまで理解しつづけなければならない。 しかも許されている試験時間は短い。解答は選択だったがそれも8から16ぐらいもある選択肢から選ぶのだ。

今回の試験で選択基礎6問のうち3問は受験勉強してきた範疇だったが、あとの3問は苦手とし受験勉強もおざなりにしてきた部分。 これはやばい。 1問を渋々選択したが、これが試験後の解答チェックで丸坊主だったことが判明。 どうみても合格圏内に数点たりない。 この時、試験で30点しかとれない夢を見た。 これって子供の時以来。

正式な合格発表は5月19日。 てっきり不合格だとおもいこんで暗い1か月を過ごしたLalaだったが、会社に報告の必要があって、5月21日に恐る恐る確認したところ、晴れて合格していたことがわかり、会社中に聞こえる声で、”やった!!! 受かりました!!!”


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2014年春分を迎えて [生きるもの]

2014年3月23日 21日の春分を迎え、季節は切り替わる。 会社では退社して転職する人もいつもよりは多いようである。 アベノミックスの影響か景気が上向き、転職しやすくなったのかもしれない。

アジアチャンピオンズ・リーグではJリーグ代表で出場している4チームともなかなか勝利を得られない。 アジアでのチームでJリーグのチームが劣っているようには思えないが、これはJリーグの開幕が3月で、他のアジア・チームが属しているリーグの開幕が異なるせいではないか。 ヨーロッパなどは夏が開幕前の調整時期、晩夏にリーグ開幕となれば晩秋からチャンピオンズ・リーグが始まる。

Jリーグでは3月といえば、新チーム始動早々である。 チームの連係やフィジカル・コンディションも正直まだまだアイドリングが必要な時期である。 その時に対戦相手はすでに熟成し選手の状態も真っ盛りということだとおもう。

アジア・チャンピオンズ・リーグで勝利することがクラブ・ワールド・カップへのプレゼンスを高めるのであれば、これはJリーグの開幕時期もそろそろ検討すべきかもしれない。 


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ソチへの道 [生きるもの]

アイススケートグランプリファイナル福岡が終わった。

男子は羽生選手、女子は浅田真央選手が優勝。 ショートもフリーも1位になり実力通りという結果が。

男子は日本人選手3人、女子はロシア人選手が4人という各6人がファイナルに進出という点がかなり普通ではないが、ソチ冬季オリンピック2014を目指してロシア勢は選手の強化をしてきた結果だというが、このソチ大会で現役引退を示唆している世界トップ・クラスの選手は多い。 この大会で世代交代の節目になることになるらしい。

羽生選手については、ショートもフリーも昨年ブレイクした曲を滑り込んでの出場。 カナダのパトリック・チャン選手という世界王者が無敵の強さを誇るところで、そのチャン選手を超えることができたのが素晴らしい。

アイス・スケートで2年連続で同じ曲を使うのは皆無ではないが滅多にないらしい。 昨年のブレイクの原動力が2011年3月11日の東日本大震災からの復興への強い思いがそのスケートの演技を後押しして、体力不足や若さなど荒削りの面がでていたが、それでも勢いでトップに肉薄していた。

今年の羽生選手はその滑り込みで、その演技力に深さと優雅さ、確実なテクニックを見事な流れに昇華していた進化が明らかに見て取れた。 

浅田真央選手は今年のフリーが良い。 2010年のカナダのバンクーバー大会で見せていた強い決意が表情に表れていた。 タラソソワ・コーチの振り付けでラフマニノフの曲で重厚な滑り。 2010年の時はその重厚さが少し重荷になっている感があったが、2013年の浅田選手にはぴったり。 2010年に悔しい思い出で終わったバンクーバー・オリンピックの雪辱を果たす覚悟の表れと感じた。

トリプル・アクセルを女子選手のなかで唯一(現じ点では)飛ぶ浅田選手。 15,6歳の時の方が難しいジャンプを軽々跳ぶことができるのは今回のグランプリ・ファイナルでのロシア4選手のそのジャンプが証明している。

多分18歳を超えると女性らしくなるどの選手もその調整に苦労するようだが、逆にその女性らしさでトリプル・アクセルを跳ぶ勇気があるのは浅田選手だけ。

伸び盛りの15,6歳のロシア選手の滑りと比較しても浅田選手のスケートは格段に優雅さと成熟と精緻さが増している。 跳べるのは浅田選手だけなのだから、真の女王として自信を持って高く飛翔して欲しい。

 


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